愛されるが分からない...似非愛とさようならで幸せを掴む神奈川カウンセリング

query_builder 2022/01/06
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そもそも愛ってなんなの?

「愛って何?おいしいの?」


「それがあると何が良いの?」


「そんなの無くても生きていけるし。」


そんなふうに、愛に対して全く興味なしとでも言うかのようにそっぽを向いてしまう人もいれば、


「彼氏いるんで...。愛は知っています。」とは言うものの、体には無数の痣が出来ていたり


「愛されてると思う!たまに彼を怒らせてしまうけど、それは私が悪いからで...。彼の言うことを守れば優しくしてくれる。」


そう笑顔で話す人もいる。


でも誰もがそうかもしれないけれど、「愛」とはなんなのかを明確に説明できる人は、なかなかいないのではないかと思う。


かくいう私だっていきなり話を振られたら「えー...(ゴホゴホ...)」なんて言って、言葉をつまらせてしまうかもしれない。


ただ裏を返せば、そのくらい愛というものは大きくて偉大なものなんだと思う。


私自身愛に対しては色々な形があると思っているんだけど、


まず「その対象に対して、条件なしに大切にできること」これが愛だと思っている。


人間でも、モノでも良いんだけど、色々な面があると思うんだよね。


それに対して、「この面は自分と一緒だから好きだし可愛がりたい」「この面は自分の意に反するから嫌いだし、ボコボコにしたい」こういう考えは、愛ではないと私は思っている。


でも皮肉にもそのような条件付きの愛は、この世に溢れている。


もちろんこれを綴っている私だって、常に無条件の愛をどんな人にも与えられるかと言ったら、難しい...というか無理だと思う。


愛しの我が子であれ、やっとの状態だったりする。(もはや出来ていない日もあると気がする)


それくらい愛っていうものは深いもので、様々な人生経験をつまないとその境地には辿り着けないとも考えているんだけど、


一方で、小さなことでも日々感謝することだったり


些細なことでも人に優しくすること。


自分の望んでいることをしてみる。


自分のために友人が嬉しいニュースを持ってきてくれた、声をかけてくれた。


こういうのも愛だなあって認識してる。


愛のカタチは1つじゃない。


様々なところに存在しているのが愛。


そう考えるとね、この世には似非愛がたくさん溢れているかもしれないけど、それだけではなくてホンモノの愛も確かにたくさん散らばっている...


そんなふうに世界を見れるようになるんだよね。


なんて話が脱線してしまったけれど...


そもそも愛とはなんなのか。


愛には色々なカタチや色があるからこそ、一緒くたに「これです!」とは言い切れないし、その人その人にとっての概念があっても良いのかなと思う。


ただこの世には愛に似ているようで全く似ていない似非愛というものが存在する。


「愛されているはずなのに辛い。」


「愛されるなんて知らない、分からない。」


もしこの記事を読んでくれているあなたが、そんな想いに駆られることがあるのなら、もしかしたらこれまでで似非愛に触れてきたことが少なくないのかも。


似非愛は自分の心身を少しずつ少しずつ破壊する毒薬だからこそ(一時的にものすごい快楽を与えたりする。まるで麻薬)似非愛からはもうさようならしたいもの。


だって、私たちは辛いを感じる修行のために生きている訳ではないから。


◆目次◆

  1. 似非愛は「これが出来たらアメあげる。」
  2. 人は誰しも愛されていたと思いたいしこれからも愛されたい
  3. 「愛されるが分からない」は、こう克服する


1 似非愛は「これが出来たらアメあげる。」


「オイ!!!オメー、何やってんだよ、俺が言ってることが分かんねーのかよ!?このボケナスが!!!」


そんな狂気じみた怒号と飛んでくる凶器に震え号泣したことがあるのは、私だけではないはず。


そんな身体の芯から感じる恐怖に耐えられず、何度行方をくらまそうとしたか。


皮肉にも消えようとした瞬間に手を掴まれる。


優しく抱きしめてくれる。


「ごめんな、俺が悪かった。もう泣かせないからずっと俺の傍にいてな。」


甘いささやきと共に。


ほら、「本当の」彼は世界一優しいんだ。


だって今だって優しく抱きしめてくれる。


謝ってくれる。


豹変するのは、私が悪いから。


先日だって、彼がリクエストしてくれた料理を上手く作れた時は、すごく褒めてくれた。


私は愛されてるんだ。


彼の胸に飛び込めば、彼が私の体を支え強く抱きしめてくれる。


.......


そして2人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし...


って、終われば良いんだけど、このパターン絶対ハッピーエンドにならないからT^T(ハッピーエンドを想像してくれた方々ごめんなさい)


悲しいけれど、その時は良い感じに丸くおさまったとしても、数日後にはまた彼の怒号が飛ぶ。


そして飛んでくるのは怒号だけじゃない、蹴りに凶器も飛んでくる。


最悪、命に関わる。


それでも、その人との関係を切らない。


切れない。


何故なら、似非愛と言う名のアメをもらえるから。


そのアメは自分が幼い頃から与えられ続けてきた味と同じであり、自分の存在意義になるから。


愛は頑張らないと貰えないもの。


彼(ら)を良い気分にさせられたら愛してもらえる、笑ってもらえる、こっちを見てくれる。


私自身そんなイビツな家庭環境で育ってきたからこそ、それが愛で当たり前だと信じてきたけれど。


それは、ただの似非物なんだよな。


結局「これが出来たらアメあげる。」なんて支配でしかないから。


2 人は誰しも愛されていたと思いたいしこれからも愛されたい


でも、実は大抵の人が薄々気付いている。


おかしいって。


こんなの変だって。


ぶっちゃけると、「こんなの愛じゃない。」って。


でも、気付かないフリをする。


だって、それを認めてしまったら「自分が愛されていない(いなかった」ことを肯定することになるから。


私自身、幼少期から常に親の顔色を窺って生きてきたんだけど、それは愛されたかったから。


他でもない「お母さん」「お父さん」に。


本当は自分の気持ちも考えもある。


でもそれを出してしまったら、タダでは済まされないから。


良い子にしていたら愛されると信じて生きてきた。


そしてそれが愛だと信じていたし、信じたかった。


でもそれは間違いだったのだと認識した時、それはもう失望を通り越し、絶望したよね。


ああ、私ってなんのために生まれてきたんだろうね。って。


もちろんそれを乗り越えてきて「今」があるんだけど。


でも私だけじゃない、皆んな。


皆んな、誰しも大切な人に愛されたいし、愛されたいと思いたいの。


だって、そうでなければ自分の存在意義が分からなくなるから。


愛されたいは本能だと思う。


ただいつまでも似非愛にすがっていても、ずっと気味の悪い辛さ、息苦しさが続くことは、自分が一番理解していたりするもの。


これからも愛されたいを叶えるためには、似非物とは背を向ける必要がある。


3 「愛されるが分からない」は、こう克服する


自分の知らないことを経験することは怖い。


経験することはもちろん、これまで信じてきたものを捨てるのはもっと怖い。


これまで信じてきたものを捨てて、新しいものを掴み取り歩んで行きなさい。なんて言われても、なかなかすぐに出来るものじゃない。


これまでの自分が抵抗するから。


どんなに苦しくても馴染みがあるものと人生を共にすることが、何だかんだラクだからね。


それでも、「愛されるが分からない自分」にもう嫌気が差しているのであれば、


自分が知っている愛に嫌気が差しているのであれば、今居る場所から抜け出す必要がある。


環境的にも、自分の心の内からも。


やめたいのにやめられない。


新たな道を歩みたいのに、歩めない。


そんな相反する考えに囚われてしまうのは、「やめたい」「新たな道を歩みたい」よりも強いルールが、自分の頭の中を支配しているから。


だからこそ、やめられない。歩めない。引き返す。ということが自分の中で起こってくる。


それは意志が弱いからではなくて、自分の信念がそれほど強固だから起こってくるだけの話。


だからこそ、厄介ではあるけれど。


裏を返せば、その強固な信念をケアしない限りは、なかなかこれまでの流れを変えることは出来ないことを意味しているからね。


そして信念は証明したり説明しなくても、すでにそれ自体ではっきりしているからこそ、


もっと言えば自分にとって空気みたいな存在だからこそ、


自分を苦しめている信念は何なのかを自分1人では摑み取れなかったりする。(もちろん掴み取る方法もあるし、その信念をケアしていく方法もあるから安心してね。)


「愛されるが分からない...」


これを克服するための方法は、自分が信じている愛の信念を入れ替える。


これが全てだと思う。


入れ替えるためには、自分や世界、未来に対する色付けを変えることがとても大切。


自分の思想が自分の人生に反映されるからね。


結局私たちが他人を変えることなんて出来ないんだよ。


あの人がもっと愛してくれたら自分はこんなに苦しむことなんてなかったし、


もっと健全な愛情を与えてもらっていたら今こんな風にはなっていなかった。


そう言ったら、彼らは変わってくれるだろうか。


あの頃に懺悔し、今、私たちに愛情の穴埋めをしてくれるだろうか。


答えはきっと「ノー」だよ。


他人のことを変えることは出来ない。


だけど、自分自身であれば変えることが出来る。


それが私たちが唯一出来ることだと思う。


いつまでも、同じ場所に佇むのは自分自身が可哀想だから。


普通ではない経験は自分が望んだものではなかったはずだし、「何故自分だったんだ」と今でも言いたくなることもあると思うけれど


そこを無かったことにすることは出来ないからこそ


それをバネに変えて、前を向いて一緒にやっていこう。


克服出来た時、「ああ、私は選ばれた戦士だったんだな。」「私だから経験出来たんだな。」と思えるから。きっと。


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